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Introduction Material on Eun Hee-kyung

Contents

ウン・ヒギョンの小説の世界

 

文学評論家 チョウ・ヨンジョン

作家について

 

今年で登壇20年目を迎えるウン・ヒギョンは、1995年に中編小説『二重奏』でデビューし、同年、長編小説『鳥の贈り物』で文学トンネ小説賞を受賞して大きな注目を集めた。その後、十冊を越える小説を発表し、90年代以降の韓国文壇を代表する作家として精力的に活動している。大人たちの世界を疑心に満ちた視線で観察する十二歳の大人びた少女が話者として登場する『鳥の贈り物』(文学トンネ、1995)から、三代にわたって複雑にもつれた二家族の物語を緻密な構成で描いた『秘密と嘘』(文学トンネ、2005)に至るまで、ウン・ヒギョンは常に自身の前作を裏切るようなさまざまな試みでもって読者を興奮させてきた作家である。ただ、そんなウン・ヒギョンの小説にも一貫して変らぬ原則がいくつかある。まず、物語それ自体よりも、なんらかの状況や感情を伝えることに神経を注いでいるという点、また、集団よりも個人に注目し、世界の表面よりもその裏面を覗き込むことのほうに関心をもってきたという点である。彼女は、確信に満ちた世界観を描くことよりも、常に疑ってかかることを好んでいたと言えよう。彼女が洗練された知的な文章を通して書き続けてきたものは、巨大イデオロギーが崩壊し、徐々に個人化が進んだ韓国の90年代の状況とあいまって、韓国の文壇で大きく脚光を浴びた。

ウン・ヒギョンは、平凡でささやかな日常を詳細に凝視し、既存にはなかった斬新なものの見方で現実の再解釈を試みつつ、人生における決定的な瞬間をジョークで片付けてしまうシニカルさとアイロニーでもって生の裏面を突き止める作家である。『鳥の贈り物』をはじめ、『他人への話しかけ』(1996)、『最後のダンスは私と』(1998)など、ウン・ヒギョンの初期作品における、生に対する理知的で現実的な視線は、愛とはしょせん虚構であるという洞察と対を成している。作家は、愛の持つ魅力を辛らつに指摘しながらも、愛とは感情の裏に隠された錯覚であり、恋人という関係に隠れた虚偽であるという事実を詳細に描き出してみせる。完璧な恋人というロマンチックな観念と幼稚で俗物的な人間という実態の間に横たわるギャップを強調することで笑いを誘いだす話法は、愛から尊い人と人とのつながりを排除し、それを弱点だらけの人間が登場する寸劇に格下げする。そして、愛とはロマンチックでもなんでもないのだと、愛の脱ロマン化を冷ややかに遂行してみせるのだ。しかしながら、ウン・ヒギョンの冷笑的な視線は、自暴自棄や諦めには向かわない。「人生は巨大なジョーク」であるという世界観からくる冷笑的な視線や敢えて悪を装う姿勢は、真摯な自己反省として光を放ってもいる。

小説集『相続』(2002)、『美しさが僕をさげすむ』(2007、邦訳は2013年にCUON刊)では、ウン・ヒギョンの専売特許のように言われてきた冷笑的な視線よりも、生の深遠さやその内面のもの寂しさを見つめる作家の深いペーソスが垣間見られる。最近の彼女の作品は、明るい快活さの代わりに、生を重く、深く捉え、自らを省みる。『少年を慰めて』(2010)で、ウン・ヒギョンはヒップホップに魅了された少年「カン・ヨヌ」の視線を通じていつ爆発するかわからない「導火線なき爆発物」のような21世紀の韓国の青春を、『泰然たる人生』(2012)では、シニカルな小説家「ヨセブ」とミステリアスな女性「リュウ」を中心に生と愛を描き、引き続き作家としての領域を広げているところである。最新作『他のすべての雪のひとひらととてもよく似たたった一つの雪のひとひら』(2014)は、長編小説に没頭してきた作家が7年ぶりに発表した短編集である。決定的なシーンを感覚的に描写することに注力するよりも、人間の生における普遍的な条件を深い洞察力でもって観察しており、生に向き合う作家の姿勢がさらに真摯なものになったことを確認できる短編集である。また、この短編集に収められた「金星女」で、2014年黃順元文学賞を受賞した。

 

作品について

 

私たちがこれまで過ごしてきた時間はみなどこへいったのだろうか。その時間とともに過去の私もまたどこへ行ってしまったのだろうか。記憶できない過去が記憶できる過去を越えてゆくにつれ、私たちはこうした疑問に、時折り、そしていつしかより頻繁に直面するようになる。人間は時間という運命に逆らえない存在であり、物語とは基本的にこうした人間の運命を再現するジャンルである。ウン・ヒギョンの近作は、生に対する深い洞察を持ちながらも、時の流れに逆らうことができない人間のわびしい運命について語る。2007年東仁文学賞受賞作である『美しさが僕をさげすむ』は、「孤独」を扱った短編集と言えるだろう。孤独を描くことにフォーカスしたウン・ヒギョンは、孤独とは、時の流れから取り残された人間にとって決して逃れられないものだと証明するような小説の数々を生み出した。この短編集の代表作とも言える「ユーリィ・ガガーリンの蒼い星」を読んでみよう。

若気の至りや情熱を軽蔑し、枠にはまりきった日常生活にむしろ快適さをおぼえる中年の男に、ある日ふと、十数年前の青春の一場面が蘇る。「私たちの約束、忘れてませんよね?」という一通のメールと「1991年のコスモノート」という原稿の束と一緒にである。「選択的記憶喪失」にでもかかったように、すっかり忘れ去っていた1990年代初頭のむさ苦しい青春の日々が鮮明に蘇るにつれ、成功を収めた386世代[1]であろうこの中年男性は、現在の慣れきった気楽な日常のほうをむしろ非現実的に感じ始める。イデオロギーの崩壊とともにパニック状態に陥った青年たちの無気力を描いた1990年代式小説の2000年代バージョンのようにも読めるこの作品は、単に特定の青春時代への悔恨を描いた小説ではない。「ユーリィ・ガガーリンの蒼い星」は、旅立ってしまったきりの、決して帰還しない時間について語っている小説だ。そして、そうした時間を生きる、わびしい生について語っている小説なのである。

 

(日本語訳 呉永雅)

 

[1] 【386世代】 韓国における世代を指す名称で、広義的には1990年代に30代(3)で、1980年代(8)に大学生で学生運動に参加し、1960年代(6)の生まれを指している。

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