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시하눅빌 스토리

Title/Author/Genre

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    Title: シアヌークビルストーリー

    Author: ユ・ジェヒョン

    Genre: 文学/短編連作小説集 (計6編)

     

    LTI Korea staff: 李善行(イ・ソネン)soyi@klti.or.kr / +82-2-6919-7743

Description

  • About the book

    本書は、カンボジアの小さい港町シアヌークビルを舞台に、そこに住む雑多な人物の日常を通して「世界史から疎外されたアジア」という命題を題材にしたユニークな連作短編小説集である。作家は計6編の物語を通して「アジア的な現象」、すなわち西欧の侵略があったために近代的課題が解決できなかったり後回しにされたりしている様子をつぶさに告発している。殺人と麻薬、賭博と売春は同小説集全体を貫くメインテーマであり、そのような影響下で生きる人物の内面すなわち暗い断面が、作家によって見事に暴かれていく。

     

    「ソンサンとズエン」、「大麻は育つ」、「それでも大麻は育つ」は、ソンサン、ズエン、ピー、ビセスの四人の若者の悪夢のような日常を追いかけながら進んでいく。彼らは全員「一千四百ドル」の行方を追うが、結局は誰一人その金を手に入れることはできず、殺害されたり金を奪われたりするだけだ。

     

    「朝鮮民主主義人民共和国から来た男」の主人公「リー」は北朝鮮から派遣された王宮警備隊の一員で、シアヌークビルでテコンドー道場を開くが、唯一の弟子であるボナリスを瓦割りの実演中に誤って殺めてしまう。革命の情熱を胸に潜める北朝鮮出身のリーが「大義名分などないただの金目当てで繰り広げられる争い」を通して、資本主義の堕落を目の当たりにするシーンが印象的に描かれている。

     

    「シアヌークビル・ラブアフェア」は人間味と面白さが同時に得られる作品だ。地雷の事故で夫を亡くしたチャンナと彼女の娘センライが合同結婚式を挙げるまでの過程を描いている。頭は切れても美人とはいえないセンライと、自他ともに認める美男だが頭は悪いラチャニーの恋の駆け引きもまた興味津々で、戦火で愛する人を亡くした中年世代のチャンナとマカラの切ない出会いもまた心に染みる感動を与える。

     

    「ボヘミアンラプソディ」はあらすじを追うよりは、シアヌークビルに集まった外国人キャラクターの描写にこだわった作品だ。心弱くて繊細な同性愛者のジョルジュ、偽の学位証明書でシアヌークビルで英語教師をしながら自由な人生を送っているリック、さすらいの風来坊だったがシアヌークビルにカフェを構えるようになったアメリカ人のサムとトニー、混血のフランス人クロード、インドシナ戦争に参加した軍人として唯一捕虜となった場所がシアヌークビルだったという理由でここに住んでいるブリッジャー。同作は、彼らがかつての侵略戦争から派生した人物であると同時に、現在進行中であるオリエンタリズムの主体であることを暗示している。

    About the author

    1962年ソウル生まれ。季刊誌『創作と批評』の1992年春号に中編小説「転がる石」を発表し作品活動を始める。著書に短編小説『シアヌークビルストーリー』(2004)、小説集『私は早く着きすぎたのだろうか遅かったのだろか』(2006)、歴史文化紀行書『メコンの悲しい影、インドシナ』(2003)、『遅い希望』(2006)、『タバコと砂糖、そして革命』(2006)、『アジアの今日を歩く』(2007)、『イチジクの木の根の前で』(2007)、『シャロームとサラーム、壁に立ちはだかれた平和』(2008)、『アジアの記憶を歩く』(2009)、『逆走するアメリカ』(2009)、『シネマ・オン・ザー・ロード』(2011)、『東ヨーロッパ-CIS歴史紀行』(2015)などがある。1990年代後半からインドシナの歴史や文化に深い関心を持ち、紀行を始め、一時はカンボジアに滞在しながらインドシナの各地を探査したこともある。韓国の作家としては珍しくアジア問題に取り組んでおり、朝鮮半島とアジアの連帯を模索する作品活動に専念している。『シアヌークビルストーリー』はカンボジアのシアヌークビルでの実体験に基づいた作品である。

    Media Response/Awards Received

    素材の枯渇と同語反復という罠の前で出口を見つけられずにいる韓国小説に、『シアヌークビルストーリー』は興味ぶかい一つの方向性を示している。

    -(ハンギョレ、2004.6.4、チェ・ジェボン記者)

     

    韓国文学の領域を広げたという点で目を引くものがある。

    -(東亜日報、2004.6.4、カン・スジン記者)

     

    「私」の生存のためなら「あなた」の命を奪うことくらい平気にやってしまう極端な思考に囚われた一種の裏切りのドラマだ。そのような裏切りや殺人は、民主カンプチア時代の前後に起きたカンボジア内戦やベトナムとの民族葛藤を如実に反映している。また、市場開放の過程の中で大義名分などなしに金目当ての争いを繰り広げ堕落していくカンボジアの実状を批判的に見つめている。

    -(国民日報、2004.6.6、チョン・チョルフン記者)

     

    韓国の作品としては珍しくカンボジアを舞台にした作品だ。背景だけでなく作中の登場人物のほとんどが現地人であるため、作家が韓国人であることを除けば「韓国文学」という修飾語に違和感を感じるほどだ。韓国文学の「東アジア的想像力」を、作家がいかに育て花咲かせてくれるか、楽しみである。

    -(ソウル新聞、2004.6.4、イ・ジョンス記者)