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16믿거나말거나박물지

Title/Author/Genre

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    Title: 16信じようが信じまいが博物誌

    Author: ペク・ミンソク

    Genre: 文学/短編小説

     

    LTI Korea staff: 李善行(イ・ソネン)soyi@klti.or.kr / +82-2-6919-7743

Description

  • About the book

    ペク・ミンソク初の短編小説『16信じようが信じまいが博物誌』は16編からなる連作小説集だ。「信じようが信じまいが博物誌」という巨大なグループを舞台にしたこの連作小説は、存在の有無を確信できない世界を創造し、その中で周遊しながら現実に向けられた怒りを淡々と凝視している。

     

    小説の主人公は「この世で一度も見たことのないその何かを、常に見たがって」いる。すでに彼が認識する世の中は想像できるものはすべて生産され、やがて想像できないものをも生産し始めた世界だ。この流れをけん引しているのが「信じようが信じまいが博物誌」という会社だ。「信じようが信じまいが博物誌」は画廊、ダイエット相談所、博物館、音楽人協同組合、病院、テレビ局などを抱えていて、作家の想像力によって時々刻々とその姿を変え、読者に作家が体現した想像力の世界を見せていく。現実では探すことのできない想像力の賜物、「信じようが信じまいが博物誌」会社は現実と非現実の間を行き交いながらペク・ミンソクの世界観を代弁している。現実を語るために現実ではないものを借用する『16信じようが信じまいが博物誌』の背景は、想像力に基づいた虚構を忠実に体現しているといえるだろう。

     

    例えば、収録作「ワンダという名の魚」は、実在するかどうかわからない魚「ワンダ」を探しに出た人たちの話である。ワンダは「決してこの世のものとは思えないヒレみたいなものと、決してこの世のものとは思えない歯と、決してこの世のものとは思えない流線形の体をした」、結論から言えば決して想像できないものだ。その意味は「ワンダ」という単語の脈絡にも内包されている。ワンダは未来に対する憂鬱や不安に囚われていた前前世紀の原住民が有する唯一の単語だ。この唯一の単語は「一滴の水も湧き出ない砂漠と、その砂漠に耐える生の倦怠と、その倦怠に耐える彼ら自身と、いつ襲ってくるかわからない砂漠の爆風と、死、死、死……。その他の考えたり見たりすることのできるすべてを指して」いる。取るに足らない生活の中で使われるすべての言語は消えてしまい、唯一生き残った単語、「ワンダ」。ワンダは平凡になってしまった原住民の現実は、唯一生き残った想像の動物であり、信じていたい現実を意味する。このような想像力の世界は収録作「カリフォルニアの木の犬」に出てくる得体の知れない博物館の犬、「Green Green Grass of Home」での半動物半植物の突然変異人間などにも表れている。

     

    『16信じようが信じまいが博物誌』の虚構の世界は「現実への幻滅と倦怠」に起因する。収録作「音楽人協同組合2-ビートかパンクか」には、ペク・ミンソクの現実に対する態度がより如実に表れている。自警団のボスは音楽人協同組合「信じようが信じまいが博物誌」の17番格納庫の番人だ。17番格納庫は「信じようが信じまいが博物誌」グループが暴力的社員を処罰するために設置した一種の留置場である。しかし、留置場に収監された人はこの10年間一人もおらず、自警団のボスはもう10年も、来ることのない誰かを待っている。ひょっとすると誰かが収監されるかも知れない(しかし、おそらく誰も来ないはずの)留置場と、そこに閉じ込められてしまった自警団ボスの孤独で絶望的な真空状態こそが自警団のボスの置かれた位置であり現実である。小説の終わりに自警団のボスは「私の唯一の現実は非現実だ」を声高に叫びながら歌う。すべてが絶望的で退屈な現実の中で、自警団のボスが信じている唯一の現実は想像できない虚構の現実、つまり非現実を信じることでしかない。「音楽人協同組合2-ビートかパンクか」は絶望的な生活がすべてを圧倒してしまう現実の中で、結局は想像の世界という非現実に逃避するしかないペク・ミンソクの世界を忠実に描いている。

     

    16編の物語が進む中で、小説は現実と非現実との間を器用に飛び交う。現実における絶望と虚構への期待を行き交いながらペク・ミンソクの言語は時に息が詰まりそうになるほど荒々しくなったり、恐ろしいほど暴力的な姿勢を取ったりもする。冷静だが勢いよく疾走する彼の文章と、信じていいかどうかよくわからない物語は、読者に新しい読書経験を提供してくれる。

    About the author

    1971年ソウル生まれ。1995年に中編小説「私が恋したキャンディ」を発表し登壇。その後『哀れな坊やのハンス』、『私が恋したキャンディ』、『綿畑猟奇伝』、『ヘイ、私たちピクニックに行くぞ』、『ラッシャー』などを発表し続け、1990年代有数の作家となった。なかでも『綿畑猟奇伝』では、物語の随所に人間の狂気を興味深く盛り込むことで読者に楽しい衝撃を与えてくれる。また、初の長編小説『ヘイ、私たちピクニックに行くぞ』は作家の幼年時代と彼の世界観を概観する物語で、文壇で好評を博した。2003年に突如断筆宣言し、文学とは距離を置いていたが、文壇では彼の名前が幾度となく取り上げられてきた。2013年、ついに新作『舌先の男』を出し、たくさんの人から歓迎され文壇に復帰、現在は創作活動に専念している。

     

    ペク・ミンソクの作品の特徴を「現実に対する幻滅と倦怠」とだけ要約すると、同世代の作家らとの区別がつかなくなってしまう。1990年代の韓国の若い作家の作品からは、現実に対する嫌気や虚構への関心を容易に見つけ出すことができるからだ。これについて作家は「私の怒りは文化的な怒りではない。むしろそれは生活への怒りだった。私が育った‘無許可村’というところは、その存在自体が法律とは程遠かった。だから私の怒りは、すなわち法律に対する怒りでもあり、それが支えている社会体系に対する怒りでもある」と答えている。出口のない怒りは時に暴力的で難解で荒っぽいが、作家は生活から来る怒りをすべて受け止めて、彼ならではの言語で忠実に再現している。知らない振りをしたっていい現実の俗事としっかり向き合って吐き出すように書き上げた彼の小説は、彼にしか書けない小説であることを毎回証明しており、ペク・ミンソクは韓国の文壇において1990年代の新しい文学傾向を発信する一つのアイコンになった。

    Media Response/Awards Received

    「誰が見ても新しい書き方であると同時に、誰が見ても同じである旧式の世界観を見せてくれる」(文学評論家キム・ユンシク氏)連作小説集。

    - 聯合ニュース

     

    この世にもはや新しいものも、面白いものもないということ、完全な倦怠だけが残って私たちを無気力にさせるということ。彼の小説はまさにそのような状況認識から始まっている。

    - シム・スジョン(文学評論家)